プロフィール

黒川 和弘(クロカワ カヅヒロ)のプロフィール

読者
  • このWebサイトを運営しているくろかわってどんな人?
  • どんな経歴、実績があるの?

「お前だれや」という疑問にお答えします。

現在は何している人?

2021年9月から都内の受託開発企業でWebエンジニアとしてはたらきます。2020年4月からプログラミングを学習をスタート。インターンを含め約1年3ヶ月で転職に成功しました。詳しくは「27歳 高卒未経験 転職回数4回からWeb系エンジニアになった話」をご覧ください。

以下は各種アカウントをまとめました。

実績紹介

  • ブログ運営:月間最高1.4万PV
  • エンジニア転職:高卒未経験から転職成功

過去の経歴

さて、ここからは過去の経歴です。ふつうに書いてもつまらないので、失敗経験を書いていきます。今ふりかえると、失敗経験がかなり役にたっているからです。

過去の失敗経験は、どんな意味をあたえるかで今後の人生を大きく変えるきっかけになります。失敗こそ学ぶことが多く、失敗を重ねることで理想の自分にどんどん近づいていきます。

与沢翼さんが非常に有益な発信をされていたので引用させていただきます。

失敗のもつ4つの機能

1.選別機能

2.次の道を示してくれる

3.動機が強い

4.自分が通用しないことを痛感させられる

【公式】与沢翼:挫折しか成功を生まない

詳しくは動画を参照いただきたいですが、もっとも重要なのは1の選別機能です。失敗は、自分の向き不向き、適正や強みを見極める機能があります。たくさんのことにチャレンジして少しづつ理想の自分に近づいていくのです。

私もまだまだ道半ばですが、これからも失敗から学ぶ姿勢は変わらないでしょう。なぜなら、理想の自分になるには失敗が欠かせないからです。

上記4つの視点を頭に入れたうえで読みすすめていただけると、経歴につながりを見つけられるはずです。

公務員(警察官)

18歳で高校卒業後、すぐに警察官になりました。志望動機は以下の2つです。

  • 親に公務員がいいと言われたから
  • 東京で働きたかったから

正直、自分の将来のことなどまったく考えていませんでした。まさに親に言われるがままの人生です。

あの時の自分に言いたい。

「もっと真剣に自分のやりたいことを考えろ!」
「そしてやりたいことをやれ!」

そして警察官として人生がスタートしたわけですが、これがまた激務でした。まず警察学校を卒業するまでが本当に地獄だったんです。

警察学校のキツかったこと
  • 土日以外原則外出禁止
  • 外出の範囲がめちゃくちゃ狭い
  • すべてが団体行動
  • やったこともない柔道をやる
  • 5分前行動のガチ厳守
  • 敬礼などの退屈な動作をとにかく反復する
  • 制服に毎日アイロンかけ

とにかく規律が厳しいです。厳しいとは聞いていましたが、「昨日まで高校生ですよ?」と言いたくなります。

警察学校の初日はベッドで泣きました笑もうね。本気で実家に帰りたくなりましたよ。事実、1日で辞める人もいました。

そんな生活を10ヶ月続けて、ようやく所属に配置となるわけですが、これもまた激務でした笑

19才で新宿歌舞伎町へ

間違いなく東京で一番忙しい警察署である新宿署に配属されました。その当時19才、なめられないように必死でした。

暴力的な態度で年齢を聞いてくる人には「24歳です」と言ってました。なめられないためです。当時をふり返るとよくやっていたなと思います。

公務員と聞くと、定時で上がれるというイメージがあると思いますが、警察にはまったくあてはまらないです。鳴り止まない110番、ぼったくり、喧嘩、万引き、痴漢が烈火のごとくおしよせます。

毎日が忙しく、必死で過ごしていました。そんな激務にも慣れてきて、仕事が楽しく感じるようになってきました。そんな時に、急きょ辞令がきました。つまり転勤です。

なんと辞令から1週間後に機動隊へ行くことになったのです。機動隊は第二の警察学校と言われるくらい厳しい場所です。多くの人が辞めていきました。

それまで何のあたりもなく急な転勤、しかも機動隊に行くか警察を辞めるかの二択しかありません。断ることができない。それが警察です。

それでもまだ辞めることを考えない僕は、だいぶ洗脳されていたなと思います。

機動隊での退屈な日々

忙しい日々から一転、機動隊での生活は退屈との戦いでした。こう書くと怒られてしまいそうですが、基本立っているだけです。

国会議事堂や総理官邸、各国大使館周辺に立っている警察官は、機動隊員です。1時間とか2時間交代で警戒するのですが、ただ立っているだけというのは想像以上にキツイです。

退屈なのはもちろん、体の負担も大きいです。

「こんな生活を続けていて、自分はどうなってしまうのだろう。」
「20代の大事な期間をここで過ごすのは絶対に嫌だ!」
「民間企業でチャレンジしたい!」

徐々にそういった気持ちが芽生えてきたのです。そして機動隊での生活を2年半ほど続けて、ようやく僕は辞める決意をしました。

この当時23歳、人生が大きく変わる瞬間でした。

不動産営業へ転職

警察官を退職後、不動産の営業をやることにしました。将来経営者を目指していた私は、まずは営業力を身につけようと考えたからです。また、中学時代の同級生が不動産営業をしており、その影響も少なからずありました。

警察時代から、不動産業界への転職を考えていたので、宅建試験は猛烈に勉強していました。そのおかげで無事一発で合格できました。覚悟を決めた勉強はめちゃくちゃ楽しいです。

しかし私は、このとき大きなあやまちをおかします。わずか4ヶ月で退職してしまったのです。本当に大きな間違いをしてしまいました。

その当時、会社員というはたらき方に疑問を感じはじめ、個人事業主のはたらき方にすごく興味をもっていました。「自由になりたい」その一心であったこと今でも記憶しています。

また自己啓発本やセミナーにも参加しはじめて、完全に影響を受けていました。「退路を断って挑戦すれば成功できる!」自分を洗脳し周りが見えなくなっていきました。同じように考えていた人がいたなら申し訳ございません。残念ながら仕事を辞めたくらいでは人間は変わりません。

動画コンテンツの販売、物販などをやりましたが、とうてい生活費には及びません。わずか半年ほどで資金を溶かし、毎月のクレジットカードの支払いに追われ、ついに活動を終えました。

妻子は出ていき、ひとり孤独に借金を返済する日々がはじまりました。

運送業と副業

とにかく借金を返済しなくてはなりません。即金性が高く、かつ自分の免許があればすぐにはたらける運送業を選択しました。

皮肉なことに、つらい警察時代にとった大型免許が役に立ちました。そのときはムダだと思っても、どこで何が役に立つかわからないのが人生です。このときばかりは役に立ちました。

借金を返済しつつも、「ずっとトラックに乗っているわけにはいかない。スキルを身につけ市場価値を上げなければならない」と思っていました。そこで私は副業をはじめることにします。

ブログ

じつはこのブログも、このときからはじめました。なぜ数ある副業からブログを選んだのか、理由は下記のとおりです。

  • 収入に上限がない。レバレッジをかけられる
  • Webマーケティングの知識が身につき、IT業界への転職に有利になる
  • SEOライティングは市場価値の高いスキルであること

よく「もうブログは稼げない」とか「いまさら個人ブログとか書いても上位表示されないし読まれない」といいますが、それは間違いです。

なぜなら、個人ブログで月100万円以上稼いでいる人もいますし、私のブログも10個のキーワードで上位表示されています。少なくとも個人ブログでも読まれることは私も事実として体験しました。

余談ですが、私がエンジニア転職しているときにブログのプロフィールを読んでくれた採用担当者がいらっしゃいました。求職者の名前をGoogleで検索しているはたくさんいます。とくにエンジニアはすぐに名前をググると聞いたことがあります。

SEOライティング、Webマーケティングのスキルが身につくので、IT企業ではたらきたい人、とくにWebマーケターになりたい人はブログで実績をつくっておくのは必須です。

ちなみに私は、Webマーケター職で2社応募したところ、すぐに書類通過しました。エンジニアを目指していたので選考はすすみませんでしたが、ブログの実績を評価していただいたようです。

動画編集

2019年は5Gが流行りはじめ、動画コンテンツの時代がくると、多くの人が発信していたのを記憶しています。当時の流行に乗り、私も動画編集にチャレンジしました。

結論からいうと、動画編集は大失敗におわりました。どうしても興味関心が継続しなかったからです。また動画編集をはじめるにあたり、いきなり高額な教材やツールを買ってしまったことも失敗でした。

Webライター

動画編集の失敗から、私はあらためて「書く」ことが好きなんだと感じました。「ブログも続いたし、じゃあ今度は即金性の高いWebライターにチャレンジしてみよう」と思ったからです。

結論からいうと、これもまた失敗でした。他人のコンテンツをつくるための下調べや調査が苦痛で仕方なかったです。ある程度、知識や興味のある分野を選んだものの、ほとんど自分の興味がわかない分野を調査するのは本当にきついです。

「失敗というより、あきらめるのがはやいだけじゃない?」と思うかもしれませんが、私は実際に1本3000円で仕事としてやらせていただきました。その結果、自分には合わないと結論づけたのです。

ちなみに仕事をとった方法は、クラウドワークスです。しかし、かなり競争が激しかったです。安い単価に大量の人が応募しており、「ここで戦い続けるのは賢明ではない」と判断しました。

プログラミングとの出会いと転職

ブログ、動画編集、Webライター、これらの副業をやってきてようやくプログラミングに出会えました。なぜかプログラミングだけは独学とスクールを合わせて1年3ヶ月続きました。

もちろん現在も毎日学習しています。自分の好きなことを仕事にできることほど幸せなことはないと思います。少なくても1日8時間は仕事に使うということは、人生の3分の1が仕事ということです。

スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチは本当でした。愛する仕事を見つけるまでは探し続けなければいけません。

現職に出会えたことは本当に人生を変えました。考えてみると、これまでの失敗経験はすべて必要だったのかもしれません。「あのときあぁしておけば…もっとはやく気づいていれば…」過去をふり返ると後悔することはたくさんあります。

でも現在の自分が最短最速であったと、思うしかありません。自分には必要な経験であったと。将来のことを考えても不安にしかなりません。なぜなら、未来はわからないからです。

今この瞬間がすべてであり、今日をどう生きるかしかないんだと日々痛感しております。あなたは今日どう生きますか?私は今日もやりたいことをやります。

将来実現したいこと

起業します。今より少し便利な世の中にする会社をつくります。でも今実現したいことは、つよいエンジニアになることです。

起業は少し未来の話ですが、「つよいエンジニア」は今この瞬間から目指してます。まずは現職でNo1の結果をだしてみせます。周囲から認められ「たのむから辞めないでくれ」と言われる存在になりたいです。

個人的な価値観などのまとめ

  • 1993年12月17日生
  • 家族:妻・子供2人
  • 子持ちだけど一人で作業が好き
  • 血液型:A型
  • 趣味は筋トレと読書
  • 瞑想は毎日20分くらいやってます
  • 小・中・高と野球をやってました
  • 住居は賃貸派
  • 朝ごはんは食べません